第2回若手奨励賞(領域12)の受賞者及び受賞理由

 

第2回若手奨励賞は、

甲賀研一郎氏(岡山大学大学院自然科学研究科)

杉田有治氏(理化学研究所)

福田順一氏(産業技術総合研究所ナノテクノロジー研究部門)

3名が受賞されました。おめでとうございます。

賞の対象となった研究題目と受賞理由は下記の通りです。


甲賀研一郎氏(岡山大学大学院自然科学研究科)

研究題目:制約空間内部の凝集相構造と相転移

対象論文:Formation of ordered ice nanotubes inside carbon nanotubes”, K. Koga, G. T. Gao, H. Tanaka & X. C. Zeng, Nature, 412, 802-805 (2001). 他2

 
 甲賀研一郎氏は,界面現象,溶液の構造,液体の相転移などに関する理論的研究をおこない,独創的かつ重要な成果を上げている。物理学会若手奨励貫の対象となる研究は,制約空間内における液体の相挙動に関する研究である。超微小空間内の液体はバルクの液体とは質的に異なる性質を示すが,その取り扱いは実験的にも理論的にも独創的な工夫を要した。同氏は,微小空間の水の相転移や相挙動に関して先駆的な研究を行い,カーボンナノチューブ内部に拘束された水について,アイスナノチューブと呼ばれる一次元多角柱型結晶が安定に存在することを予想し,液体からアイスナノチューブへの相転移をシミュレーションによって示すことに成功し,その後のアイスナノチューブの形成の実験報告などに繋がった。

 さらに,アルゴン,C60,コロイド粒子などの球状粒子を円筒状細孔内に詰め込んだとき,円筒直径の増大に伴い多種多様な結晶構造と螺旋構造が出現すること,それらの構造の出現順序が二次元三角格子の折り昼み方によって説明できることを明らかにした。また,カーボンナノチューブ内のアルゴンのシミュレーションにより,液体・結晶・螺旋相間の相転移挙動の特長を解明し,温度・圧力・円筒直径を軸とする相図を明らかにした。

 甲賀氏の研究は,その後の制約空間内の水の挙動に関する研究の発展を導き,また,準一次元系における連続的固液相転移の例示は,相転移の基礎理論への問題提起となり基礎研究を促し,凝集系の化学物理を始めとして多くの分野に影響を及ぼしている。日本物理学会領域12若手奨励賞の候補者としての推薦に値する。


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杉田有治氏(理化学研究所)

研究題目:カルシウムポンプの分子動力学

対象論文:"Protonation of the acidic residues in the transmembrane cation-binding sites of Ca2+-pump", Y. Sugita, N. Miyashita, M. Ikeguchi, A. Kidera, and C. Toyoshima, Journal of the American Chemical Society, 127, 6150-6151 (2005). 他1


 杉田有治氏の物理学会若手奨励貫の対象となる研究は,筋小胞体カルシウムポンプ及びその機能を制御するフォスフォランバンに関する研究である。カルシウムポンプは,ATPの加水分解によるエネルギーを利用してイオン濃度勾配に逆らって細胞質中のカルシウムイオンを,その貯蔵庫である筋小胞体内腔へと能動輸送するが,その詳しい分子機構はこれまで明らかにされていなかった。カルシウムポンプは,アミノ酸994残基(分子量約11万)からなる巨大な膜蛋白質であり,周囲に存在する脂質分子,溶媒を露わに加えると原子数25万から35万程度の巨大な系になる。このような巨大な膜蛋白質の理論計算・分子動力学計算はほとんど行われていなかったが,同氏らは並列計算機を有効に利用した,連続体モデルを用いた静電エネルギー計算およぴ全原子分子動力学計算によって,カルシウムポンプの重要な機能の一つであるプロトン対抗輸送の分子機構を明らかにした。

 さらに,拡張アンサンブル法の一つであり,候補者らが開発して現在では「蛋白質折れ畳み」に関する分子シミュレーションで広く用いられているレプリカ交換分子動力学法を,フォスフォランバンのリン酸化による構造変化の問題に適用し,カルシウムポンプに対する阻害効果の分子機構は明らかにした。

 このように,杉田有治氏は新しい方法論の開発を行うだけでなく,生物物理あるいは生物化学の実験家と密接な共同研究を行うことで,重要な蛋白質に関する物理現象の解明に成功した。同氏のこのようなアプローチは,生命料学と物質科学を結ぶ上で有効であり,日本物理学会領域12若手奨励賞の候補者としての推薦に値する。


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福田順一氏(産業技術総合研究所ナノテクノロジー研究部門)

研究題目:液晶コロイド系に関する理論的,数値的研究

対象論文:"Separation-independent attractive force between like particle mediated by nematic-liquid-crystal distortions", J. Fukuda and H. Yokoyama, Physical Review Letter, 94, 148301-1-4 (2005). 他2篇

 

 福田順一氏の物理学会若手奨励貫の対象となる研究は,液晶を分散媒とするコロイド系(液晶コロイド)に関する理論的,数値的研究である。液晶コロイド系では,コロイド粒子の表面が分子配向を規制(アンカリング)し,異方的で強い粒子間力を生み出すため,粒子のまわりでは位相欠陥を含む種々の液晶配向構造を形成することが知られており,通常のコロイドにはない多くの興味深い性質を示すが,コロイド粒子の大きさと,位相欠陥を特徴づける長さという大きくかけ離れた特徴的長さが共存しているために,厳密な数値的な取り扱いは著しく困難であった。同氏は,液晶コロイド系を対象とした研究を行い,配向秩序が空間的に激しく変化する欠陥の部分のみに細かい数値格子を割り振るアダプティブメッシュの手法を適用することにより数値的困難を解消し,位相欠陥の微細構造に関する知見を得るとともに,欠陥の構造転移に関する実験事実の数値的再現に成功した。

 さらに,液晶配向の変形を媒介とする相互作用に関する理論的研究は,変形が弱い極限に関する議論に限られていたが,同氏は,粒子が配向構造の強い変形をもたらす場合について研究を行い,双球座標系を用いて,粒子表面に関する境界条件に特別な要請を加えることなく2つの球形のコロイド粒子を含む系を取り扱うことにより,粒子間の相互作用エネルギーを数値的に精密に評価することに成功し,ネマチック液晶中の位相欠陥を伴う粒子間の相互作用のみならず,ネマチックー等方相転移点近傍の特殊な配向構造に起因する粒子間距離にほとんど依存しない引力の存在といった種々の興味深い間題に対する知見を与えた。

 このように,福田氏は,液晶コロイド系という新規な系に関する先駆的な理論的,数値的研究を行い,過去の実験に対する理論的解釈を与えたのみならず,その後の新たな実験的研究の契機を導いた。日本物理学会領域12若手奨励賞の候補者としての推薦に値する。