第3回若手奨励賞(領域12)の受賞者及び受賞理由
第3回若手奨励賞は、
藤芳暁氏(東京工業大学理工学研究科物性物理学専攻)
鄭誠虎氏(分子科学研究所 理論・計算分子科学研究領域)
長尾道弘氏(インディアナ大学サイクロトロン施設&アメリカ標準技術研究所中性子研究センター)
の3名が受賞されました。おめでとうございます。
賞の対象となった研究題目と受賞理由は下記の通りです。
藤芳暁氏(東京工業大学理工学研究科物性物理学専攻)
研究題目:液体ヘリウム温度における単一タンパク質の可視蛍光分光
対象論文:
"Visible Fluorescence Spectroscopy of Sigle Proteins at
Liquid-Helium Temperature",
S. Fujiyoshi, M. Fujiwara, and M. Matsushita, Phys. Rev. Lett. 100 (2008) 168101.
"Single-Component Reflecting Objective for Low-Temperature Spectroscopy at the Entire Visible Region",
S. Fujiyoshi, M. Fujiwara, C. Kim, M. Matsushita, A. M. van Oijen, and J. Schmidt,
Appl. Phys. Lett. 91 (2007) 051125.
生理条件下では、タンパク質の構造は熱揺らぎによって自発的に複数の準安定状態間を絶えず変化している。これが生理機能の発現に重要な役割を果たしていることが古くから指摘されているが、自発的な構造変化と生体機能との関連を解明するための分析法が未開発であった。低温の単一タンパク質分光では、凍結させた準安定構造を一つずつ測定できるという点で、このような研究を行う最有力な候補である。しかし、低温の顕微鏡分光の技術的困難から、その応用例は近赤外の蛍光を発する光合成タンパク質の一種類に限られていた。藤芳氏は、対物レンズを独自に設計・製作することによって、液体ヘリウム温度における単一タンパク質分光の可視蛍光分光を世界ではじめて実現した。これによって、光に対して不安定で室温では分析できなかった可視蛍光性のタンパク質の分析が可能となった。今後、タンパク質の自発的構造変化と生体機能の関連の解明が期待される。領域12若手奨励賞審査委員会は、これらの業績から判断して、藤芳氏の研究は、インパクト、独創性、先見性、発展性などにおいて、本賞を受賞するにふさわしいと判断した。
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鄭誠虎氏(分子科学研究所 理論・計算分子科学研究領域)
研究題目: ガラス転移の新しい微視的理論の構築と、シミュレーションによる検証
対象論文:
"Idealized glass transitions for a system of dumbbell molecules",
S.-H. Chong and W. Goetze, Phys. Rev. E 65 (2002) 041503.
"Evidence for the weak steric hindrance scenario in the supercooled-state reorientational dynamics",
S.-H. Chong, A. J. Moreno, F. Sciortino, and W. Kob, Phys. Rev. Lett. 94 (2005) 215701.
ガラス転移の微視的起源を理解することは、近年の凝縮系物理の分野において最もチャレンジングな問題の一つである。なかでも、モード結合理論は、第一原理的なアプローチでガラス転移近傍の遅いダイナミクスを記述することに成功した唯一の微視的理論であるが、いくつかの本質的困難をかかえる。そのひとつに、もともと単原子分子(あるいは球状分子)の理論である点があげられる。鄭氏は、この困難を克服し、モード結合理論を他原子分子や高分子などの内部構造をもつより現実的な分子系に適用可能とした。このような試みは以前からあったが、現実的解析が極めて困難な状況にあった。しかし、鄭氏は、分子性液体論で成功しているsite-representationというアイデアに立脚することで、分子性物質においての現実的な解析を可能とした。その結果、この新理論から、2原子分子系に対して、新しいタイプの転移(A型転移)の存在と、新しい秩序相(plastic crystal)の存在が予言された。これらの予言は、最近のコロイド粒子を利用した実験や鄭氏自ら行ったシミュレーションによって、その正当性が検証されている。領域12若手賞審査委員会は、これらの業績から判断して、鄭氏の研究は、インパクト、独創性、先見性、発展性などにおいて、本賞を受賞するにふさわしいと判断した。
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長尾道弘氏(インディアナ大学サイクロトロン施設&アメリカ標準技術研究所中性子研究センター)
研究題目: 中性子散乱による球状マイクロエマルジョンの構造とダイナミクスの研究
対象論文:
"Concentration dependence of shape and structure fluctuations of droplet microemulsions
investigated by neutoron spin echo spectroscopy",
M. Nagao and H. Seto, Phys. Rev. E 78 (2008) 011507.
生体などの物質系においては、多くの場合、高分子や両親媒性分子などのソフトマター分子が時空階層的に自己組織化しており、そのナノスケールでの構造とダイナミクスを明らかにすることは重要である。その有力な手法として中性子小角散乱法があるが、そのデータ解析においては、通常、特定のモデルが仮定され、複雑な系においては一義的な結果を得ることが難しい。ところが、長尾氏は、ある条件下においては、そうしたモデル仮定をせずに構造の情報が得られる新しい実験解析法に気づき、このアイデアをもとにソフトマターの典型的な系である水・油・界面活性剤からなるマイクロエマルジョンの構造について研究した。さらに、同様のアイディアに基づき、中性子スピンエコー法のデータから、球状マイクロエマルション粒子の形状揺らぎと構造揺らぎを分離解析することに成功した。その結果、界面活性剤に囲まれた水ドロップレットは、均一に分散しているわけではなく、マイクロクラスターを形成している等のいくつかの重要な知見を得た。この手法は、ミセルや生体系などのソフトな系に適用が可能であり、今後の展開も期待される。領域12若手賞審査委員会は、これらの業績から判断して、長尾氏の研究は、インパクト、独創性、先見性、発展性などにおいて、本賞を受賞するにふさわしいと判断した。