第5回若手奨励賞(領域12)の受賞者及び受賞理由

 

第5回若手奨励賞は、

金鋼氏(自然科学研究機構分子科学研究所)

坂上貴洋氏(九州大学大学院理学研究院物理学部門)

2名が受賞されました。おめでとうございます。

賞の対象となった研究題目と受賞理由は下記の通りです。


金鋼氏(自然科学研究機構分子科学研究所)

研究題目:ソフトマターのスローダイナミクスの計算シミュレーションによる研究

対象論文:
"Direct numerical simulations of electrophoresis of charged colloids", K. Kim, Y. Nakayama and R. Yamamoto, Physical Review Letters, Vol.96, 208302 (2006)
"Multiple time scales hidden in heterogeneous dynamics of glass-forming liquids", K. Kim and S. Saito, Physical Review E, Vol.79, 060501(R) (2009)
"Slow dynamics in random media: Crossover from glass to localization transition", K. Kim, K. Miyazaki and S. Saito, EPL, Vol.88, 36002 (2009)

 
  コロイド、高分子、ガラスなどのソフトマターと呼ばれる物質群は、非線形非平衡現象の宝庫である。同時に、理想化や単純化も難しく理論的な扱いは困難である。そのため、計算シミュレーションが強力な研究手法となる。金鋼氏は、ソフトマターのいくつかの代表的な分野において、シミュレーションの手法を用いて、重要かつ独創的な研究成果を出している。金氏の受賞対象となる3つの業績を以下に要約する。(1)荷電コロイドのダイナミクス: 荷電コロイド系の定量的な理解には、流体力学相互作用と静電相互作用の双方を取り込んだ大規模な数値計算が必要である。金氏は、山本量一教授らと共同で、従来よりも効率の良いシミュレーション法を開発し、3次元における電気泳動シミュレーションを行い、既存の理論の正当性などを検証した。(2)ガラス転移における動的不均一性: ガラス転移の背後にある協同現象を捉えるためには、時空上で定義される動的な秩序変数をモニターする必要がある。今まで、実験でそのような測定はあったが、計算シミュレーションによる精密な定量化を試みた例はあまりなかった。金氏は、多時間相関関数を導入し、大規模なシミュレーションにより複雑なダイナミクスの階層性の解析を行い、新たな緩和時間などを発見した。 (3)ランダム媒質中のガラス転移: 多孔質のようなランダム媒質中の液体の輸送は、生物物理や化学工学の分野で最近注目されている問題である。静的な(クエンチされた)ランダムさと、動く液体分子の動的なランダムさの競合のため、多彩なダイナミクスが観測される。金氏は、この系のガラス転移をシミュレーションにより系統的に解析を行った。先行研究の結果をくつがえすなどの発見があり、その成果は国際的に評価されている。領域12若手賞審査委員会は、これらの業績から判断して、金氏の研究は、インパクト、独創性、先見性、発展性などにおいて、本賞を受賞するにふさわしいと判断した。


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坂上貴洋氏(九州大学大学院理学研究院物理学部門)

研究題目:高分子鎖の閉じ込め

対象論文:
"Flow injection of branched polymers inside nanopores", T. Sakaue et al., Europhys. Lett. 72, 83-88 (2005)
"Polymer chains in confined spaces and flow-injection problems: Some remarks", T. Sakaue and E. Raphael, Macromolecules 39, 2621-2628 (2006)
"Semiflexible polymer confined in closed spaces", T. Sakaue, Macromolecules 40, 5206-5211 (2007)


  良溶媒中の高分子は自己排除ランダムウォーク鎖のようにふるまうことがよく知られているが、2枚の平面の隙間、細管あるいは空洞など、狭い空間に閉じ込められた高分子については、理想鎖に基づく単純な議論が行われるのみで、信頼性のある理論解析はあまりなされていなかった。高分子の狭い空間への閉じ込めや小さな穴を通しての輸送の問題は、DNAやタンパク質などの生体高分子の細胞内での振る舞いと密接に関係しており、実験的にも一分子レベルで可視化、制御が可能になっている。したがって、高分子鎖の閉じ込めに対する理論的理解は高分子科学のみならず、生命科学にも貢献する重要な課題である。坂上氏は、ブロッブ描像に基づくスケーリング理論を構成し、高分子鎖の閉じ込めに対して一般的に取り扱うことのできる理論的枠組みを提示した。その結果、自由エネルギーが重合度Nの1次よりも大きなべきで増加する“強い閉じ込め”と、自由エネルギーがNに比例する“弱い閉じ込め”の2種類の異なる状態があることを明らかにした。この理論予測は国際的な関心を集め、多くのグループのシミュレーションや実験により確認される等、坂上氏の理論は有効性が示されている。このように、坂上氏の業績は、高分子の閉じ込めに関して信頼できる一般的な理論枠組みを与え、この分野の発展に大きく貢献した。領域12若手賞審査委員会は、これらの業績から判断して、坂上氏の研究は、インパクト、独創性、先見性、発展性などにおいて、本賞を受賞するにふさわしいと判断した。


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